【ロングライフ国際学会】妻の声が聴きたい 〜「食べる為」が目的の義歯、そしてもう一つの目的〜

2021年11月8日に、世界的に深刻化する超高齢社会の課題を考える機会として『第17回ロングライフ国際学会』が開催されました。今回は、ロングライフ国際学会で発表された、ロングライフメディカル株式会社「神戸訪問歯科サポートセンター」の事例をご紹介します。 発表者は神戸訪問歯科サポートセンターの玉田裕亮さんです。


この記事は約6分で読み終わります。

訪問歯科サポートとは?

 

タイトルにある「義歯」とはいわゆる入れ歯のことです。一体“もう一つの目的”とはなんだったのでしょうか。今回は少し変わった目的のご依頼に基づいたものをご紹介します。
まずは、私たちのサービスのご紹介です。ロングライフメディカル株式会社では、「ヘルス&ナチュラルビューティー」をモットーに調剤薬局、訪問看護に加え、訪問歯科サポートのサービスを提供しています。訪問歯科サポートでは地域の歯科医院と業務提携することで、病気や障がいで通院が困難な方を対象にご自宅や介護施設への歯科診療をご提供。訪問歯科で使われる歯を削る機械はとてもコンパクトで、これによって歯科医院内と同等の治療を受けることが可能です。

こちらのグラフは、厚生労働省が発表した年齢別歯科受診率です。このグラフより、歯科の受診率は65歳をピークに急激に上がり、今度は体力の低下や老老介護などの理由から75歳をピークに急激に低下していくことがわかります。訪問歯科ではこの70歳以降のお客様が主な対象となります。

『訪問歯科における初回検診結果」では、「特に問題ない」という方は僅か5%で、ほとんどの方に何かしらの治療が必要なのが現状です。抜歯や虫歯の治療に加え、食べ物が気管に入リやすくなることで起こる誤嚥性肺炎を予防するための口腔機能向上訓練、歯周病治療を含めた口腔衛生を保つための口腔ケアとあわせて予防歯科の分野も積極的にご提案させていただいています。もちろん義歯に関するご依頼も多く、義歯が合わない、紛失した、破損した、中には認知症のお客様が電子レンジにかけて溶けてしまったというご相談もありました。

認知症の奥様のため、ご主人様からの依頼

今回のお客様は、昨年11月半ばにご依頼をいただいたO・N様、81歳、女性。要介護4のお客様です。脳疾患やアルツハイマー認知症があり、ご自宅では寝たきりの状態で、ご主人様がお一人で介護をされています。口腔内や身体の状況変化に伴い、今回新しく義歯を作成したいとのことで、女性歯科医師、歯科衛生士、当社コーディネーターである私の3名で初回訪問にお伺いいたしました。
義歯を装着されていた数年前までは会話もしていたそうですが、お体の状況の変化とともに会話は少なくなり、今ではお返事すら聞くことがなくなったそうです。ですが、目線や首を動かされたりすることで意思の疎通はできているとのことでした。
胃ろうをされているのでお食事を口から取ることはできません。せめて返事だけでも良いから声が聞きたい。義歯を着用すればまた話せるようになるのではないか、というのがご主人様のお考えとご希望でした。

医学的根拠はないことをご了承の上

ここで3つの課題が生じます。
1つ目は、認知症や脳疾患などで低下・消失した発声が義歯で回復するという医学的根拠がないことです。発声に関してはお約束できないことをまずご主人様に伝えました。
2つ目は普段口を動かせないことで筋肉が硬くなってしまっており、口が開きにくく、義歯を作成する際に必要な型枠が口腔内に入らないという課題です。
そして3つ目は、ご主人様に対する課題です。奥様ご本人では義歯の着脱ができないので、ご主人様に着脱や管理ができるか、という課題です。

「声がもう出しにくいことは薄々わかっています。でも人は笑う時に歯が見えるでしょ。せめて歯が見えたら妻の笑顔がわかるようになるから」とご主人様は寂しそうにそうおっしゃいました。
「食べる為」という本来の使用目的ではない義歯を作成して欲しいという今回のケース。義歯を作成することでご夫婦に何かしらの心理的要素が働き、在宅での介護に何か良い変化をもたらすかもしれない。私たちはこれを仮設としました。
そして歯科医師、歯科衛生士、ケアマネジャーを交えた上で、医学的、そして倫理的にさまざまな意見交換を行なった結果、義歯を作成することにしました。「歯の見える笑顔なら叶えることができるかもしれません。それでもよろしければ作成しますよ」というこちらの提案を、ご主人様に共感していただいた上で義歯の作成が始まりました。

義歯の作成をスタート

型枠での型どりや噛み合わせ位置の確認、仮の義歯の作成など、義歯の作成には4つの工程があり、義歯の種類にもよりますがおよそ1ヶ月〜2ヶ月の期間を要します。
課題である型枠に対しては、まず口腔周囲の筋肉に入念なマッサージを行い、十分に筋肉を緩め、口を開きやすい状況にしてから各工程を行うことでご本人様への身体的なご負担を軽減することができました。
ご主人様は仮の義歯が完成した時点から着脱の練習や管理方法の指導をスタート。早期での課題クリアを目指し、完成した際にはスムーズな着脱ができるようになっておられました。

クリスマス目前に、奇跡のような出来事

これらの課題とすべての工程を終えて、クリスマス目前の12月22日、義歯が完成しました。そして奥様が義歯を着用。歯の見える奥様を見つめたまま、目に涙を浮かべたご主人様が、「先生にお礼を言いなさい」とお声がけされた時、小さなお声ではありましたが、奥様が「ありがとう」とおっしゃってくださいました。ご主人様も私たちも驚き、喜びの時間を共有させていただきました。
今回は、医学的根拠の「食べる為の義歯」ではなく、歯の見える笑顔を目的としたことでご主人様のせつなる願いを叶えることができました
発声に関しても医学的根拠はありませんが、義歯を着用した際の心理的な作用が、発声するための大きなきっかけになったのだと思います。
そしてお客様と歯科医師の間に立つ当社コーディネーターが中立的な立場を担うことで、どちらの考えや思いも理解し、把握できたこと。このことが今回の事例の結果につながりました。
今期よりロングライフメディカル株式会社で発表された「ヘルス&ナチュラルビューティー」。この言葉には、「その方本来の美しさは心の健康に繋がり、時として医学の常識を超えて、心が動けば体も動く」という考え方が含まれています。
今回の義歯のケースは、まさにこの考え方を大切にする私たちロングライフメディカルだからこそできたことだと思います。

 

「ニューノーマル時代へ、新たな未来に喜びとハピネスを!」をテーマに開催した『第17回ロングライフ国際学会』。日本国内はもとより、インドネシア、中国、韓国 を含めた 200 件を超える事例の中から最終選考に残った7組の代表メンバーが発表を行いました。
『第17回ロングライフ国際学会』の動画は下記よりご覧いただけます。